平成から令和となり、依存症の治療も大きなターニングポイントを迎えたのかもしれません。
もう30年以上も毎日毎日アルコール依存症の患者さまの話を聞いてきました。よくもあきもせずとも思いますが、この30年間にも変化はありまして…第1は高齢化。なにせ80歳を過ぎて1年断酒の祝いをする患者さまも珍しくなくなりました。第2は早期発見・早期治療とでも言いましょうか。会社をクビにならないように、何とかしてほしい。この年でリストラされては家族が困るので、という患者さまも増えました。第3は多様化。酒、薬はもちろん、ギャンブル、買い物、性、ゲームと依存対象は広がりました。第4は無職の人に仕事をするようにという国の方針でしょうか。社会的な影響を受ける病気なので、これにいかに対応していくか、無い知恵をしぼり頭をひねる毎日です。

……というのが7年前にホームページを作ったときの挨拶でした。しかしその後はIRの問題もあり、横浜もその候補都市として毎日新聞紙上を賑わすこととなり、私自身もアメリカやシンガポールにあるカジノの施設を見学にいく有様です。 また、ゲームへの依存については正式病名も決定し、ほぼ世の中に周知された様に思います。

30年前には精神科の医療機関が入院施設を持っているとそれだけで患者さまが受診を嫌がることが多く、入院施設を持たない外来専門のクリニックであることに私は強いこだわりを持っていました。しかし最近の患者さまは変化しました。患者さまのこのようなこだわりは薄れたように思います。

外来治療は早期受診・早期治療ができるため入院や施設に比べて絶対的に有利なのですが、一方で重症の患者さまに対応しづらいという弱点がありました。しかし外来だけでなく、デイケア、就労訓練、訪問と外来治療も進化し、重症の患者さまへの対応は過去とは比較できない程進歩しました。また、当院には他県から治療を希望する患者さまも多く、生活環境に問題のある患者さまも少なくありません。自分としては生涯にわたって入院施設は持たないと決断して開業したのですが、このような状況のために重い腰を上げてグループホームを設立しました。その結果、従来の外来治療では非常に困難であった患者さまに対応できるようになりました。

グループホーム以外にも、対象がDV加害者、ストーカー加害者と広がっていき、人間関係に問題を持つ患者さまを毎日診察するようになりました。また、依存症の基本的な治療方針にも大きな変化がありました。従来は重症の患者さまを治療することのみを考え、断酒や自助グループといった治療法が基本的な方針でした。しかし他の疾患においては早期治療、予防が治療の基本であり、依存症も他の疾患に後れを取る事約50年、診断基準も変化し軽症の患者を診る傾向が明らかとなり、節酒といった従来では口にもできなかったような治療法が現れ、節酒のための薬剤も出現し、断酒、自助グループによる治療は大きなターニングポイントを迎えたのかもしれません。

2021年12月 大石クリニック院長 大石雅之

院長 大石雅之

昭和54年3月:東京慈恵会医科大学卒業
昭和54年4月:同大学麻酔科にて研修麻酔科標榜医
昭和56年4月:同大学精神神経科に入局、医学博士、精神保健指定医
平成3年4月:栃木県立岡本台病院の診療部長を退職し、横浜市中区で大石クリニックを開業。

当院の歩み

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1980~1990

精神科医として

外科医をめざして麻酔医からスタートした私ですが、集中治療室で寝たきりの人工呼吸器につながった患者さまを見るうち、もっと患者さまと話ができる医療に携わりたいと思うようになって来ました。そこで、患者さまとしっかり向かい合う必要のある精神科医になろうと決めました。

入院治療・閉鎖病棟

精神科医療の中でも特にアルコール依存症の治療に携わることになったのですが、当時アルコール依存症の専門クリニックはほとんど無く、飲んで騒いでやってくる患者さまを一般精神病院の鍵のかかる部屋、閉鎖病棟に閉じ込め隔離して治療をするしかありませんでした。仕方のないこととはいえ、患者さまの自由を奪う治療方法に違和感を覚え、何か他に治す方法はないだろうかと模索する日々でした。

1991~1995

外来治療

そんな中、大阪の釜ガ崎で小杉好弘先生がアルコール依存症の患者さまを外来で治療されていることを知りました。当時入院以外に治す方法はないとされていた常識から言うと画期的な試みで非常に驚きました。しかし実際に外来治療で治る患者さまが出てきたのです。

私は大阪に何度も足を運び、小杉先生をはじめとした外来でのアルコール依存症治療の現場を拝見し体験させていただきました。小杉先生からは特に断酒会・自助グループ・地域のサポートの大切さを学びました。アルコール依存症の治療は入院治療だけでなく外来でも可能だとわかりました。しかし、当時大阪は進んでいましたが関東にはまだ外来で治療できる場所がありません。入院によるアルコール依存症治療に携わっていた私は関東でも外来でアルコール依存症を治療できるクリニックの必要性を強く感じました。

大石クリニックを開院

私は大学病院をやめ、外来でアルコール依存症を治療するための専門クリニックを開業することに決めました。当時は精神科のクリニック自体ほとんどなく、相談した先生からも開業するなら内科もやりなさいと言われました。当時は医者が開業する時に銀行に行き融資を断られるなど聞いたこともありませんでしたが、精神科専門外来クリニックをやりますと銀行に融資を申し込んだところ、多数の銀行にきっぱり断られてしまいました。銀行に勤めていた親類のつてを頼って開業することが出来たのは平成3年のことです。横浜の地に大石クリニックを開きました。

当時のスタッフはたった3人、事務員とワーカー、看護師のみで、私を含めると4人でした。開業時、神奈川県に精神科のみを扱うクリニックが何カ所あったのか正確にはわかりませんが、おそらく野間先生と当院だけだったように思います。当時の精神科を取り巻く状況はこんなものでした。入院治療と違い精神科の外来治療は立ち行かないと考えられていたのです。外来治療は患者さまの数をこなさないと経済的に成り立たないのです。ところが精神科医療はおひとりおひとり、患者さまと時間をとって、良く話を聞いて進めなければなりません。とても時間がかかります。患者さまに大きな負担をかけずに済む外来で治したい、それには十分に時間をとって治療をしなければならない。しかし、現在とは異なり精神科外来の患者さま1人あたりの医療単価は安く、経済的に成り立つことが困難な精神科のクリニックはまるで趣味の世界だったと思います。

1995~2020

デイケア治療

そんな中、デイケアという治療法を始めました。一日数時間患者さまにクリニックに来て頂いて行う治療法です。これによりたくさんの患者さまと密に話を聞くことができ、スタッフとの仕事分担・コミュニケーションも増していきました。この頃からデイケアを主体として外来精神科クリニックがなんとか経済的にもやっていける状況を迎えました。デイケアに通ってもらうことでお酒を断つことができました。

しかし当時厚生省がデイケアに通いながら仕事をすることを禁止しており、そこから卒業していくことができませんでした。社会への復帰に道筋がなかったのです。そこで将来患者さまの仕事場所になればと高齢者を介護する老人デイケアを作りました。そして患者さまがスタッフとして働けるようになり、またスタッフもどんどん増えていきました。

現在スタッフは、医師・看護師・臨床心理士・公認心理師・精神保健福祉士・介護福祉士など多彩な職種で約100人を抱えています。横浜でも屈指の大規模クリニックとなりました。

就労支援

平成17年に日本の精神科の治療を大きく変える法律である障害者自立支援法ができました。その支援の1つに患者さまが仕事に就くための就労移行、A型、B型という施設がありました。当時のデイケアには仕事に就けずずっとデイケアを卒業できないという弱点があり、私は治療しながら歯がゆい気持ちでいましたので、この就労移行、A型、B型という施設を神奈川県でもトップの早さで作りました。患者さまが仕事に就いてデイケアを卒業することでデイケアの患者さまが減少しクリニックが倒産するのではないか、という噂が一般的にあったのは事実で、自分でもよく決断したと思います。

その後は社会復帰に向けた訓練をしてもらうための多くの株式会社を作りました。苦戦はしましたが県内でもトップクラスの就職率でかつ高額の工賃を支払うこともできるようになりました。今になって考えると正しい判断だったと思います。また、仕事をするということは無職の患者さまにとっては最も大切な治療法であると今は確信しています。

2020~現在

グループホーム設立

私が入院施設に対し嫌悪感を持っていたためにグループホームの設立が遅くなってしまった気がします。グループホームにはメリットがあります。通院困難な遠方の患者さまの居住地として継続治療を提供できることはもちろん、家族関係等が患者さまの治療モチベーションに大きく影響してしまう場合でも、グループホームなら職員が夜間も当直しているため継続的に安定した外来治療ができます。

新しい依存症

開業当初、アルコールや薬物などが対象だった依存症ですが、社会の変化と共に色々な疾患が依存症と捉えられるようになりました。ネット依存・ギャンブル依存症・買い物依存症・性嗜好障害・窃盗癖(クレプトマニア)などが新たな依存症として治療の対象となっています。また、警察からの要請でストーカーの治療を開始することとなりました。前例がなかったために開始して数年は治療は困難を極めましたが、最近はやっとのこと慣れてきたように思います。これに伴いDV加害者の治療も安定期に入りつつあると思います。なお、最近は性依存症という言葉は使用しないように心がけています。性嗜好障害を性依存症という名前で治療すると問題点が多いと気づいたからです。

このように、40年来の依存症治療の経験を踏まえ、新たな依存症疾患に対応しています(40年前の私が今の大石クリニックを見たら、理解できず驚くことと思います)。